Ⅱ. 感染経路別予防策
 感染経路別予防策は、接触予防策、飛沫予防策、空気予防策からなり、それぞれ個人用防護具、個室の有無などが規定されています。いずれの対策も標準予防策を含むとともに、ノロウイルスなど病原体によっては直ちに同定しがたいこともあることから、病原体検出前に症状により、標準予防策の考え方を含め、予防的な運用が考慮されることがあります。
 感染経路別予防策は、個室隔離や行動の制限などにより、患者に対して身体的・精神的苦痛を与える可能性があります[13]。したがって、隔離予防策のデメリットも十分に考慮した上で、患者とのコミュニケーションを含め運用する必要があります。


接触予防策
 MRSAや多剤耐性緑膿菌(MDRP)、ESBLs産生菌など様々な薬剤耐性菌、Clostridium difficileなどは、医療関連感染の最も主要な病原微生物であり、接触感染を主な伝播経路とすることから、接触予防策が行われます。
 これらの病原微生物は医療従事者や環境を介した間接的な接触感染のリスクがあるため[14]、個室管理を行い、入室時においては、手袋やエプロン・ガウンなどの個人用防護具の着用が必要になります。 これらの日和見感染症の病原微生物は元来、ヒト常在細菌叢ともなりうるため、多くの保菌者が見られ、感染症状が改善しても保菌状態が継続することが見られるとともに[15],[16]、鼻腔や腸管、皮膚など様々な部位における保菌の有無について保証することは困難であることから、接触予防策の解除は慎重に対応する必要があります。しかしながら、我が国の医療施設では、十分な個室の確保が困難であることから、現実的には、発症もしくはリスクが高い患者や、気管・口腔吸引など伝播リスクの高い患者に対して隔離を優先的に行うことが多いと考えられます。
 いずれにしても接触予防策のなかで最も重要かつ有効な対策は、標準予防策の遵守を始めとする基本的な交差感染対策です[17]。

飛沫予防策
 飛沫予防策は、百日咳、インフルエンザ、髄膜炎菌などにおいて、医療従事者のサージカルマスク着用と、個室管理などが必要な病原体による感染症に対して行われます。患者が検査や処置などで病室外に出る際には、サージカルマスクを着用させます。個室のない場合はカーテンで仕切るか、同様の感染症患者を同室に集団隔離を行います。
 飛沫予防策が適用される間隔は、髄膜炎菌感染症の伝播リスクが3フィート(約1m)で有意にリスクが高い報告に準拠しています[18]。したがって、間隔については病原体や症状によっても異なる可能性もあり、それぞれのリスクを考慮する必要があります。
 飛沫予防策においても、患者の体液などを介した感染もあることから、標準予防策の遵守が重要です。

空気予防策
 空気予防策は、肺結核、麻疹、水痘などの医療従事者のN95マスクの着用、陰圧制御と高い換気回数などの特殊な空調を有する病室管理が必要な病原体による感染症に対して行われます。患者が検査や処置などで病室外に出る際には、サージカルマスクを着用させます。特殊な空調設備については、質保証を含めて適切なファシリティーマネージメントが重要です。
 医療従事者のN95マスクの着用に際しては、ユーザーシールチェック(フィットチェック)やフィットテストなど確実な使用法が必要であるとともに、場合によってはマスクフィッティングテスターなどの機器により、更なる評価を行うことも可能です[19]。加えて、マスクの選定にあたっては、様々なマスクによる異なるフィット性能について考慮することが重要です[20]。

  空気感染 飛沫感染 接触感染
主な感染症 麻疹、水痘、肺結核 百日咳、 インフルエンザ、 侵襲性髄膜炎菌、 マイコプラズマ、溶連菌性喉頭炎、 猩紅熱、 アデノウイルス、 流行性耳下腺炎、 風疹など 多剤耐性菌感染症、 腸管感染症(クロストリジウム・ディフィシル感染症、腸管出血性大腸菌感染症、赤痢、A型肝炎、ロタウイルス感染症)、水痘、アデノウイルス、ウイルス性出血熱他
特別の換気システム
個室
手袋
ガウン・エプロン
マスク N95マスク サージカルマスク

文献
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